とある歴クラ見習い審神者の備忘録

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刀剣画報についての所感

まず最初に。
この記事は私が「おすすめ」と一度書いたことに対しての訂正記事です。

私は、雑誌や、雑誌系ムックに対してはそこまで厳しいチェックをしようとは思っていません。
何なら諸説あるうちのどれか一つだけを断定系で書いていたり、旧説を諸説の一つとして扱ったり、伝説的な内容を事実として書いたりしても、まあしかたないと思っています。あとは昔流布した誤りがそのまま引き継がれるのも、仕方がない範囲だと思っています。
あと数値などの単純ミスも、ある程度までは仕方なしと見なします。
そういった誤りは、刀剣の場合辞典的な本にもけっこうまぎれているので、それを元にして書いたり、チェックしたものに紛れても仕方がないという判断です。
(ライターさんの仕事は、研究を元に一般向けの文章を書くことであって、研究史を研究して書くことではないですし)

その上で、刀剣画報については比較的高評価でし「た」
先に出ている髭切・膝丸の号と天下五剣の号について、若干微妙な点はありつつも、全体としては無難、一部よい記事があるという構成だったこと
それぞれの記事に執筆者名と略歴が書かれており、そういう部分に気を遣っているように見える状態だったこと
刀剣画報独立前の歴史探訪刀剣特集時点から、特集となったあたりの界隈からそこまで厳しい声が流れて来なかったこと

で、一つ私のミスがあるんですが、著者の「略歴」はチェックしたのですが、「著者名」をチェックしておりませんでした。
普通なら、歴史系を専門とする方って、資料の調べ方を身につけていらっしゃるので、調査した結果を書くようなライターさんとして見るなら信頼度上がるんですよ、普通なら……


先日、当方主催の刀剣ブックレビュー集企画において、刀剣画報について「雑誌寄りのムックの中では比較的安心できる内容」と評価しましたが、これを訂正します。
「小和田泰経氏の記事を除けば比較的安心できる」と。


今回、刀剣画報の三号「本作長義と徳川の刀」が悪い意味で話題になっています。
決定的な誤りが一点、「本作」の語が示すのは「この作品は」という主語であり、本歌の意ではありません。
一時期この誤り、審神者の間でも流れていたことがありますけど、どこが発端なんでしょうね…?
ガチ目の資料だと、文字のままだからわかるでしょということなのか、そこに言及されているものは少ない印象です。
(美術系の固い文章だと「本作はどーたらこーたら」みたいな解説の仕方もよく見るので、多分解説が必要な語彙だと思われてないやつ)
かなり短い文章なのに、この誤り部分をやたら強調した解説になっているのがすごく頭痛いです…

タイトルも正直なところ、誤認を誘うのでちょっと不適切ですよね。
長義を目玉にしつつ徳川くくりで各所を紹介したいという意図はわかるのですが、長義自体はキャッチコピーの「天下人」と何ら関わりがないし、将軍家ともかすらないし、なんなら尾張徳川の中での扱いもそこまで大きくはありません。せめてタイトルをもう少し……
(ついでに言うなら、キャッチコピーの天下人を軸にするなら、分家の一つである尾張徳川よりも、後半おまけのように出てきた東照宮とトーハクの刀を先にもってきたほうがよいです)


で、一回の記事ではずれ判定をするのはいかがなものかという意見も出てくるかと思います。
この方、本来の専門である歴史ネタでもそんな調子だと、ガチめの歴クラさんたちの間で評判が上がっておりまして。
……はい。私のミスとしてあげた「著者名を確認していなかった」というのがここです。
略歴だけ見ると、調べ物の仕方とかちゃんとクリアしてる方に見えるわけですよ。それで第一号・第二号では問題なしと判定してしまっておりました。
(第一号・第二号の特集記事は逸話成分も強めなので、余計にスルーしてしまっておりました。)
誤りを見つけたからNGとしたというより、誤りをきっかけに、よろしくない著者の方だと気づいたからNGとした次第です。


ブーイングだけで終わるのもあれなので、この雑誌でよいと思ったところを改めて。

第一号・第二号に掲載された、銀座長州屋さんによる刀の見方についての記事は、どこを比較させたいのか明確な写真のレイアウトで、とてもわかりやすいものでした。

今回問題になった第三号、後半に宮永忠将氏が刀工長義の特集記事を書いているのですが、今では伝説的なものとして見られている正宗十哲について、「従来言われてきたこと」「現在こういう理由で否定的にみられているということ」「あえて従来の見方をベースにしたらこんな風に考えられるのでは」というような解説の仕方をしており、ロマンを取る場合の解説の書き方としてはかなり理想的だと思いました。
むしろこの方がメインライターしてくださらないかしら。

さらに言うなら、そういう検討がちゃんとやれるという意味で、著者名がきちんとかいてあるというのはやはり大きいです。

理想を言うなら、知識系の内容のときに参考文献があるとなおよいのですが。
トンデモの発生も多少抑制できますし。

              • 補足と追記----------

冒頭「昔流布した誤り」のところ、当初は「へし切長谷部が棚を切った云々」の表記にしていたら、そこにひっかかる人たちが出てきたようなので、下に下げてきました。
棚に刀をつっこんで、振りかぶらずに圧し切った、のが本来あるべき解説です。お豆腐切るような感じの切り方。
国宝刀 名物「へし切長谷部(きりはせべ)」 | アーカイブズ | 福岡市博物館

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上記で、本作長義以下云々の「本作」は「この作品」の意であるとしましたが、根拠示さないままなのもあれなので…
1)徳美の長義論文で銘文の訳が掲載されているが「この長義の刀は」として訳されている。
金鯱叢書第47輯「刀 銘 本作長義(以下、五十八字略)」と山姥切伝承の再検討」5ページ(pdf19枚目)
2)大正期の国広論において、本作長義以下略が登場するが、「写し」については言及されない
山姥切国広が知られていないためと思われるが、もし「本歌」の意を持つなら言及してしかるべきと考える。
(なお現在の論とだいぶ異なる内容なので、「銘文の意味を理解する」ための例としてだけ引いています。)
刀剣雑話 - 国立国会図書館デジタルコレクション

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よろしくない、を前提につつき出すと、ときどきつつく必要のない部分までつつく方々がいるので、こちらでわかる範囲について。

長義のページについて、他の資料との突き合わせ
・擦り上げの実施者
刀工国広が行った説とその前から刷り上げられてた説両方あるのでOK。
「国広大鑑」「日向の刀と鐔」「堀川国広とその一門」etc

・山姥切国広作刀地
足利・小田原両説あるのでOK
「国広大鑑」「日向の刀と鐔」「堀川国広とその一門」etc

・長尾顕長が籠城に加わった
一応OKでよいんじゃないかな……「館林市史」がそんな書き方だし。
(根拠が江戸時代の地図のようなので、検討の余地はあると思うけれどムックレベルならよいと思われ)
「散逸したらしい」はちょいと乱暴な気もするけれど、ムックだし伝聞系だしまあ。

・購入者
最近の見解は綱誠でOK。(前述の論文や「徳川美術館所蔵 刀剣・刀装具」など)
(ちなみに、ちょっと古いけれど権威ある「堀川国広とその弟子」には光友購入として書かれているので、読み物系だとそっちとっても仕方がないかなくらいには思ってます)

なお、「綱誠」の読みについて、ムックでは「つなのぶ」ですが、徳美の図録類では「つななり」としています。
ただ、古い人名の読み方はそれだけでも諸説できたりするものなので、きつく突っ込むポイントではないと思います。
(ひょっとしたら「こういう史料が残るからこう読んでる」が出てくるかもですが、そういうのがあっても別の読みが流布したりみたいな例もありますし…)

・銘についての解説
誤りとまでは言わないものの、ちょっと誤解を招きそうな文章なので、よろしくないような…。
本作長義以下略の銘は、刀工国広によるものなので、在銘作云々という自身銘の話をするなら無銘扱いなわけで…
代表作に入れてよい品なのは間違いないですし、刀工国広の足跡やら関東の戦国情勢を語るなら銘文が貴重な史料なのは間違いないのですけど。


鯰尾藤四郎の項について
(吉光の解説と大阪城と御分物あたりの解説は無難だと思うけど詳しくないのでスルー)
・もとは長巻
薙刀/長巻は、同じ物として語る人と全く別物として語る人といるので、「薙刀直し」「長巻直し」が既知の資料と違っても、誤り扱いするほどのものではないと思います。

織田信雄の三重臣殺害
岡田切良房と共に」と言い切るのはちょいとよろしくないかと。
どちらも三重臣殺害に用いられたと伝わっている、くらいが無難なラインだと思います。「京のかたな」展のときの図録あたりの解説がわかりやすいかな?
(私自身も、こういう逸話みつけたよー、両方つかった可能性もあるかもねーみたいな記事書いたことありますが、あくまで「可能性」「ロマンの範疇」にしかならないレベルの話です)
とはいえ、ムックレベルと考えるとそこまで致命的ってほどでもないかなとも思います。
ちな徳美さんとこの解説何度か聞きましたけど、殺害に使われたという「記録がある」という言い方をして、「殺害に使われた」とは言わないんですよね。多分内容の確からしさが検討された資料じゃないor確定できない類いの資料なのかなと思います。
なお、大本を探したりとかはしていませんが、記録の出所となった文献名について、黎明会名刀図譜の解説に記述があった気がする。
黎明会名刀図録 - 国立国会図書館デジタルコレクション

(比較疲れたからこのあたりで…)